



今回学んだ光吉俊二先生の大和算は、そんな自分の問いに新しい視点を与えてくれました。
「尊厳が対等な世界」



振り返れば、僕は権威を避けて生きてきたのだと思っていました。




「尊厳が対等な世界」



振り返れば、僕は権威を避けて生きてきたのだと思っていました。
インド仏教史の“核心”とも言える遺跡サーンチー。
紀元前3世紀から12世紀まで、約1500年続いた聖地です。


見どころの一つは第1ストゥーパ。
巨大な半球状のこの建築は仏塔(ストゥーパ)と呼ばれ、
仏舎利(仏や高僧の遺骨)を祀る供養塔です。
第1ストゥーパの東西南北には
トーラナと呼ばれる門が立っています。
日本の鳥居の原型とも言われるこの門には、
・ジャータカ(お釈迦様の前世物語)
・仏伝(ブッダの生涯)
がびっしりと彫られています。


紀元前1世紀頃に作られた石彫が
2000年以上経った今も残っていることに、ただ驚くばかりです。
さらに第3ストゥーパには、
お釈迦様の十大弟子である
シャーリープトラとモッガラーナの遺骨が納められていたことが
発掘調査で確認されています。

サーンチーが世界遺産として有名なのは、
仏教美術の原点を今に伝える場所だからです。
原始仏教では偶像崇拝がなく、
仏陀は人の姿では表現されませんでした。
代わりに
・空の玉座
・菩提樹
・足跡
・法輪
といった象徴で表現されます。

これは
「悟りは形にできない」
という思想から来ています。
釈迦が亡くなった直後の仏教では
・悟り=究極の真理
・真理=言葉にも形にもできない
・人の姿にすると誤解を生む
と考えられていました。
つまり初期仏教は、とても哲学的だったのです。
しかし仏教が広がるにつれ、
一般の人々も信仰する宗教へと変化していきます。
抽象より具体へ。
哲学から信仰へ。
ガンダーラやアジャンタ、エローラのように
仏像が生まれていく流れはここにつながっています。
サーンチーは、
仏教がまだ“哲学だった時代”を感じられる特別な場所。





丘の上は風が心地よく、
瞑想には最高の環境でした。
参加者の皆さんも思い思いの場所で
瞑想や祈りの時間を過ごしていました。
仏教に興味がある方は、ぜひ一度訪れてみてください。
#インド
#ボパール
#サーンチー
#原始仏教
#ストゥーパ
#トーラナ



















デジタル全盛の時代に
チェキって未だに売っているんだって思っていたら
なんと2023年は過去最高の売り上げだったそうです。。
びっくり!!
なんでそんなに売れてるのかと思ったけど
そこにはこの時代だからこそチェキが流行る理由が
ありました。

今の時代は、様々なデジタルツールの進化で
効率が求められる時代です。
だからこそ、ちょっと立ち止まって
自分の内面を見つめ直すことが逆に注目されています。
瞑想が流行ってるのもまさにそれ。
プリントされたチェキは、昨今のミラーレスカメラのように
高精細で美しい写真ではなく、
むしろ情報が削ぎ落とされた粗い写真。
なので、その時の思い出を無意識に脳で補完しようとする。
そして余白には手書きのメッセージを書き加えらるのも
チェキの良いところ。
結婚式では今でもチェキは大人気。
手書きの文字はずっと思い出として残る。
スマホのデータは思い出というより“記録”を残すという側面が強いが
チェキは思い出を残すことができる。
そういえば、子どもの頃に両親が
自分の写真をたくさん撮って何冊もアルバムにしてくれた。
写真1枚1枚には手書きのキャプション添えてくれていました。
撮られた僕の記憶はないけれど、その写真とキャプションを
読みながらいろいろ想像したものです。

デジタル全盛だからこそ
アナログのチェキが注目される理由がここにありました。
チェキに限らず、これは他の商品・サービスにも言えることかも知れません。
年末年始は実家の新潟へ帰っていた。
新潟の冬の厳しさが堪える。
歳をとるということはこういうことなんだろうか。
甥っ子姪っ子はそれぞれの世界を持っていて、みんな性格が違う。
自分が子どもの頃はどうだったんだろう?
去年は妹の旦那が亡くなり
妻のお母さんが亡くなった。
身近な人が亡くなるというのは何か変なものだ。
寂しさももちろんあるが「生きる」ことについて考えてしまう。
祖母は93歳。
年相応に物忘れがあるが腰も曲がっておらず、
きちんと歩くし、耳も良い。
一緒に護国神社まで初詣に行った。
90年も“生きる”ってどういう感じなんだろう?
祖母はどんな人生だったんだろう?
戦争で兄を亡くし、戦後の厳しい時代をアルバイトを
たくさんして過ごしたそうだ。
縁談があり、嫁に来て、そしてすぐに旦那が亡くなった。
35歳で膵臓癌だったそう。
僕が生まれる前のことで、僕は祖父の顔は見たことがない。
未亡人になって、2人の娘を育てながら
酒屋を1人で切り盛りしないとで必死だったそうだ。
楽しいことなんて何一つできなかったと言っていた。
自分のことより周りの人のことを優先して
いつも人に何かしてあげている。
それが曽孫たちはウザいのか文句を言う。
世代が違うと常識も違う。
ましてや、妹の子どもたちはシンガポールで育った。
日本の文化風習をあまり知らない。
葛藤はあるが一旦、今回は言わないことにした。
ただ感謝の心は大切だと改めて思った。
自分が子どもの頃も親にそこまで感謝は感じてなかったと思う。
感謝を感じることができる人に育ってほしい。